死と記憶


何についてでもかまいません。それについて考えなさい。

太陽にあふれた水たまりや
イボタやポプラの木や垣根や震える木々の近くでは
葉は青いということを発見した午後のように。
記憶されました、光は次第に張りつめて、
集中したこころのなかのイメージは前にむかって鼓動し、
瞬間、燃えあがり、嵐となり、
静まりました。

或いは子どものころの静かな教会の内部について考えなさい、
傾斜した木材、しみ、木目、前方の
ほのかに光る座席の傾き、賛美歌集の棚、
うす暗い柱、緑色の三位一体祭壇の上で
短くなったローソク。
空気の暗い振動、洞窟。
イメージはあふれ、持続し
そして静まります。

記憶されている愛の偶然よりも勇敢な―
愛された年月、常に激しく、いまだ口にだしては語られず
けれどある日、口をつく。それなのです。
抑えきれない震え。
雲のうえに歪曲し
抜きみでるきらめきへの見はらし、青、そして太陽。
明らかになりました。
陽気なあばらからでてくる歌、世界じゅうの轟音。
そして持続しつづけ、成就の音楽にあふれ、愛の肉体。維持され。
静まりました。

目もくらむイメージ。へだたり。
場と時を得た心のなかのほのかな光。
そうしたことについて考えなさい。それから、
そうしたことがなくなってしまったことについて。
 

戻 る