布教活動


 神よ、私にはあなたが必要でした
 私が信じたいとねがってきたことは
 キリスト教徒たちの言葉でした
 宇宙にはあなたという帝王がいて
 あなたが宇宙を作ったのであり
 あなたがすべての命の終りまで宇宙を統治し
 あなたは親切ではないとしてもあなたは善なのであり
 あなたは私たちに耳をかたむけ
 永遠の帝位にあってあなたは私たちに知られえないのは
 草むらが影をまとっているように
 あなたはサンダルをつっかけるように光のなかに立ち
 明けの明星の輝きをまとっているからです

 私には黙って立っていて信頼のおける誰かと話すことが必要だったのです
 私にはすべてのことがらを支配する力の前にひざまづき
 自分自身のなかに静けさを保つことが必要だったのです
 あなたに行きあおうと
 私はキリスト教徒が集う広間に来ました

 けれど精神のおちつきを知らない十字架は
 こちらにと思へばまたあちらへと引っぱり
 まんなかにある心を押し放し、引きつけ
 そのなかに眠りへの道を見つけることができないのです

 イエスについてのキリスト教徒のお話を伺っても
 私にはそのなかに平穏を見つけることはできないのです。
 その説く声は熱っぽく
 まるで炎に焼かれた石を引っかいて鮮紅色にしたり
 あるいは暗闇のなかでぼんやりとした朱色をいぶっているみたいなのです。
 たしかに、平易で可能な正義はそうした富者のなかにあるはずです
 けれど私の理解には程遠いのです。

 ハチ、カブトムシ、トンボ、シャクヤク、小枝 −−
 美術館では金の装飾品がガラスのうしろで埃をかぶりながら輝きます −−
 熟練工たちのしあわせとは、まるで私自身が道具を駆使し
 手のなかで金を温め、形を型作っているように思われるのです
 基底にあるものは単純であり
 簡単にそれを見つけえるのだと私は思います

 けれどキリスト教徒が寿ぐものは
 損じやすい言葉のスクリーンの後に横たわる
 くりかえし読み信じることが要求される物語の上に編まれた絹、
 下手なホルンの奏でるナイチンゲールの歌のふるえ

 その上、キリスト教徒のその使命に関する主張のなかで
 無邪気にも教義は統治者にとって問題ではないと考え
 彼らは私たちの危難を認めようとはしないのです
 あるいは認めたにしろ、明確に話されることがらを認識することができません。

 そして彼らは極めて自然に公開市場を笑い、
 鉄道駅では謎めいたことを言い、健康的にふるまい、
 彼らの信仰という神殿のなかで健康そうな衣服をまとうが故に、
 彼らは誰も自分たちが何者であるかを知らない、と考えています。
 愚直。誰もが知っています。

 彼らは私たちのなかにいる告発者を無視しているのです。
 彼らの危難に対する一般的な答は常に荘厳な金箔に与えられる
 歌のなかの殉教者への心からの賞賛。
 彼らは残忍な拷問、あるいは弾丸でちりばめられた
 死んだ仲間の美しい身体を見たことはない、と私は考えます。

 神よ、私は中国ではあなたを自由にたたえることはできないのです。
 私は法を尊びます、そして法は布教活動を禁ずています。
 正直に私は臆病者なのです。
 私にはキリスト教徒のあいだに帰る勇気がないのです。
 けれど今、働きながら迷っている
 彼らの故に、私は毎日あなたと話すことができるのです。
 あの贈り物のゆえに私は、私の生のすべてを、クリスチャンに対し
 無言の感謝の祈りを生贄として捧げるでしょう。

 述べられたすべての意思、私は心からあなたにひざまづきます。

 

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Based on actual letters written by a young woman from
Shandong trying to find a place for herself in Beijing, 
Part I, the "Letters" section, illuminates contemporary life in urban China. 
Part II records significant fragments of history and culture in the imagined 
voices of Chinese people from many various walks of life.