Profile

フィリス ホーゲ トンプソン
(Phyllis Hoge Thompson)  

米合衆国ニュー・ジャーシー州エりザベスに生まれる。 コネチカット大学、デューク大学およびウィスコンシン大学にて学び.イエーツの研究論文により文学博士号取得ニュー・メキシコ州立大学サン・フランシスコ大学.およびニュー・ヨーク州立大学教授としてその教壇に立ちその後ハワイ大学教授として20年間その教壇に立 つ。1995年に、優れた詩人・教育者ならびに創作活動への奨励実績に対する功績により,ハワイ文学賞受賞つい最近までは PhyllisThompson として長く知られて来たが.現在は旧姓の Phyllis Hoge に戻るその詩は高踏派・知性派的内容とスタイルにより.アメリカでは古くから広く親しまれている

   著 書 (詩集)

    "What the Land Gave" (QRL Award)
    "The Serpent of White Rose" (Petronium Press)
    "The Creation Frame" (University of Illinoi Press)
    "Antichoke and Other Poems" (University of Hawaii Press)
    "The Ghosts of Who We Were"(University of Illinois Press)
    "Letters from Jian Hui" (Watermelon Press - 近刊) など

 

 

   INTERVIEW   


インスピレーションと詩作の課程
フィリス ホーゲ トンプソン

    他の詩人と同じように、私はインスピレーションについての質問の周辺についてお話することはできるのですが、それが生起するのがどういうことであるかについてはできないのです。私には生の経験が人のなかに詩を呼びおこすことについては判るのですが、それが何処からきてどのようにその行く先に到着するかについては明確にはし得ないのです。どのようにして詩が生れてくるかについては、誰にでも同じようにそれを作った詩人にとっても神秘的な何かがあります。私たちを喜んで祝福してくれる、あるいは自分に都合が悪ければ不意に私たちを取りのこす、ミューズ(芸術の女神)とそれを呼びましょう。私は著述してきた長いあいだミューズを知っていました。私の第一詩集のなかに収録されている「偉大なる貴婦人」という詩のなかで私はミューズについて次のように記しました。

  ・・・男たちはこれを理解するだろうか? あなたは女・・・
  彼らが持ってくる情欲。貧困。労働。悲しみ。
  彼らの最高の時間。あなたのはきつい奉仕。ねえ、貴婦人のあなたのために
  彼らは私たちを置きざりにし、だったらそうさせておけばいいのだけど、
          誰もあなたにはかないはしない。
  この甘い性の交りが最後にはならないようにと祈りながら
  あなたが彼らと共にあるとき彼らはあなに従う。
         けれどあなたは自分の望むところへと行ってしまう。

  けれども、私はこのインスピレーションの問題から逃げたくはない。例えば、私の第二詩集に収録されている「ミュールの森(Muir Woods)」を作るに先立ち、私はある日の午後そこで友人たちと一緒に仰向けに寝ころんでアメリカ杉を見上げていました、そして最初に私は木々の間に一種の人間的な感覚をおぼえ、しばらくして私は自分自身が木になったように感じました。あるいは恐らく、詩が私に話しかけたことをどのように感じたかに気づき私は遡及的に説明しているのかもしれません。おそらくこうした理解は詩からきているものです。

  この詩に続いたのは、驚くにはあたらず、その女性が木になったという「月桂樹(Daphne)」です。おそらく、その木に私が驚いたことは実に奇妙なことだと言うべきでしょう。アメリカ杉の木々の間のある夏の午後が月桂樹の間のタマルパイス山上の湿った冬の朝に私を導いたことについてはどういうことなのか私には分らないのです。

  「月桂樹」は実に文字どおり天候についての不満から始まり月桂樹のまわりを見わたすことへと続きました。 それから、詩にあるように、竪琴にあわせて歌うアポロ神が彼女に暴行を加えたように月桂樹が月桂冠になぜ変ったのか私は不思議に思いはじめながら、私と私の経験を通じてフィルターにかけられ、その風景はこの詩をそれ自身の方向から外れるように導いたのです。

  神に愛される女が友好的なマナーで応じないことがありましょうか?詩はそれ自身リルケの助けをほとんどなしに一つの答へと導きました。

   冬。しやがれて、謎めいて。
   雨はぴりっと刺激し、自滅的に苦く、願望に似る。
   なぜに私は太ももまでも
   裸足でなければならないのか、寒い
   そしてゴム底は濡れ・・・
   柔らかな樹皮の悪臭。
   私の指の上で月桂樹の臭いは砕け
   よみがえる、けれど心の
   髄の
   暗闇を癒してはくれない・・・
   私は彼の眼で月桂樹の枝々を見てきた・・・・
   神はそれらをしるし付け、なだめ
   やさしくも
   これら月桂樹の葉の
   開かれた世界に移るかもしれない。

  このように私は私自身の単なる風景の叙述とそれに対する回答というインスピレーションから離れ、私を導く作詩のプロセスへと移りました、そして一度記述されるとそれは不可避的な結論へと移行したのです。

  このことは私にとっては習慣的に実践するところであります。その情景を感情的に重大なものとする何かを発見したいと願う直裁的に記憶される風景の感覚をもって私は書きはじめます。ウイリアム・ワーズワースはそれを「静けさのなかで追憶される感情」と言っています。そして、私はその静けさのなかで言葉、言語、形式がどのようにその感覚の意味へと私をして導いてくれるかを探そうと努めます。これが私をして動かすものなのです。

  ときには、詩が指し示す方向は、ちょっとした機会はいつも一部の役割しかしないのですが、そうした機会によるよりももっと影響されるのです。(拙第四詩集 "What The Land Gave" 参照。)私の詩のなかで一番の長篇で最も深く探求的な詩篇の一つである「ウルビーノにて (In Urbino)」は友人である詩人のジョン・ローガンと共にイタリヤへの旅によって触発されたものであります。 (ところで、この詩のなかで起ったことがらにある役割をもちこの詩のなかの同じ風景を見たとしても、彼はこの詩のなかの「貴方」では決してありません。)

  もしも私がこの詩にインスピレーションを与えた特殊な一つの生の瞬間をピックアップしなければならないとしたら、それはイエーツがかって立ったと同じ窓辺に私が立ったときでありカステリヨーネがかって立った場所でありましょう。あの瞬間、私、私が博士号論文でそのテーマとしたイエーツへの私の愛、カステリオーネの宮廷人の本についてのセミナーに於いて私が学んだロズマンド・ツーヴへの私の愛着と尊敬、私の建築物への愛、(病気のためそこには私と一緒にいなかったけれど)私の友人への愛着、私のリルケへの愛、そしてまたそこにはいなかったけれどある男への私の愛、それから愛そのものに対する私の愛、すなわち「至高の幸福」、といった沢山のことがらが合体して一つになったのです。こうしたすべてを如何に融合させるかについては長い時間の思考が必要でありました。最終的にそれは私をして詩へと突き動かすウルビーノの建物自身とその建築物であり、部分的には建築物の旅行談として、また部分的には心が誰かを愛する状態と呼ばれる事柄についての話の一つの方法でありました。

  結果として、詩が自ずと赴くところへと詩をなさしめるのは作詩の過程そのものであるという理由によって、私は最初のインスピレーションはしばしば最終的な作品とはあまり関係がないことに気づくのです。

  勿論、詩が「与えられる」インスピレーションに触発される時というものがあります。それは言ってみれば言葉がまるで作者自身の外から現れるかに見える、ということです。そうした時の詩は、あったにしてもほとんど推敲を必要とせず速やかに表出されるものなのです。

  それからまた、詩が意図的に構成される場合もあります。すなわち、時にはインスピレーションといったものを感じることなくまるで研究課題に取り組むかのように自分自身を設定するのです。むかし自分自身の声とスタイルで如何にして詩を作るかを研究していたころ、私はそうした詩を数多く作ってきました。そうした詩の典型は私の第一詩集のなかの「嘆く者は祝福される (Blessed are They that Mourn)」 です。この詩には動機となったものはありません。私はハワイのイメージに関連してアーという音とオーという音に戯れていました。ある意味ではそうしたことは何の感覚をも包含するものではありません。 それはクロスワード・パズルのように単に技術的な問題について作業しているときの心の産物なのです。

  インスピレーションとは異なる場合のプロセスは技術的あるいは詩形に関することがらであるように私には思われます。私は詩がその形式の方法において必要とすることについて明らかにしたいと思います。それはソネット形式で、意味の表現法を損じるのではなく高めるところの韻について述べなければなりません。自由詩であれば行替えが為されるなどなどの場合どんな言語音楽が適切であるかを探さなければなりません。読み手をして私が述べている事柄を容易に判るように、繊細な方法で意味が表現できるように、論理的に相互の行を続けさせるためには、進行の論理にも気づかなければなりませんが、うまくごまかすのではなく探索しながら常に形式を明確化しようとしているでしょうか?そうした作業をしながら、思想が何を思い出させるかについて機敏でなければなりません、そして、言っていることがなにかしら外部からの情報そのものの表現となっているか或いはまたそれがその意味を深め拡張しているかに注意を払わなければなりません。これが個人的な生の経験と教育への入り口であり、最初のインスピレーションを取りまくすべてであり、詩をして個人的なもの以上のなにものかにするものであり、またすべての人間が共有し得る普遍的感情を体現させるものなのです。

 

 

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