解 説 横川 秀夫
その全詩篇の翻訳のため、フィイリスさんから訳者の手に託された詩篇はおよそ180篇あります。現在それらの詩篇の活字本による出版を目指して鋭意翻訳中ですが、ここでは、昨1998年秋にフィリスさん来日の折、原語での朗読のために用意された詩をベースに16篇を掲載しました。フィリスさんは現在米国のニュー・メキシコ州アルバカーキーにお住まいになり.72歳というご高齢ですが、なおお元気で旺盛な詩魂を燃焼させ.数々の創作に取り組んでおられます。
掲載の作品の中には、ギリシャ文学に想を得たものが見られるように、フィリスさんのご専攻はギリシャ古典文学であります。アカデミズムは往々にして創作能力を削ぐ場合がありますが、フィリスさんの場合は逆にアカデミズムをはるかに凌駕して、独自の文学領域を創り出していることがその特質である、と私は考えます。
それと、1966年にアメリカ合衆国においては.世界各国の文学をその教育のために役立てようとの国家プロジェクトから、全米の大学の文学関係の教授たちがそれぞれ各国の文学を分担し.研究しました。フィリスさんはその時、日本の 「源氏物語」 を担当され深く研究なさっておられ、ここに掲載されている ユーモラスな 「光悦・月と兎」 や 知性に裏付けられた年輪というものが醸成する.鋭く格調たかい 「竜安寺」 の詩に見られるように、日本の古典文化にも精通しておられます。
この 「竜安寺」 は昨年11月にフィリスさん来日の折、訳者と共に京都の竜安寺を訪れたときの印象にもとづき、本年1月22日にニュー・ヨーク州サラトガ・スプリングスにある.或る文人墨客の宿で完成されもので、訳者に托された未発表の原稿を元にして翻訳しました。なおサブ・タイトルにあるように、この詩は2度のピュッツリアー賞に輝く.米国の伝記作家レオン・エデルの妻である大変な知日家で親日家の.マルジョリー・シンクレア夫人に捧げられています。
掲載した詩篇のなかで 「あばずれ」 が私の一番好きな詩ですが、その理由は、私はこの詩のなかにギリシャ古典と日本の源氏物語の絵巻とが.渾然として融合した.華麗な世界を垣間見るからです。この詩集に掲載された詩篇は.特に意図して選択されたのではありませんが、読者もお気づきのように、フィリス詩の世界は非常に巾が広く.バラエティーに富んだものであります。そして大まかに見て、その詩の世界の底を流れるものから、私はフィリス・ホーゲの本質を、真に知性派であり高踏派 (パルナシオン) であり、また大所高所の詩人である、と概観しております。
特に、現代という言ってみれば極めてドライな時代に生きる私たちが、此処で注意を払い学ばなければならないことは、「大理石」 に見られる崇高なまでに覚めた芸術意識と、シェイクスピアの "Winter's Tale" に想を仮托した 「ヘルミオネ」 のなかに見られる私たち人間が人間として生きるということについての真実性である、と私は考えます。
いずれにしろ、訳者の手にある詩篇は長中短180の数をかぞえております。全篇の翻訳にはまだ何年かの時間が必要とされましょうが、現時点で作者の快い了解の下、非力ながら此処にこうしてその全貌のごく一端を発表することの栄誉を与えられ、訳者としては幸甚であります。いづれ全篇が完訳された暁には、この拙文の読者のみなさまと再び活字本にてお会いできることと存じます。
1999年9月30日
横川秀夫 識