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2006年5月1日 更新

第 1 章  レモン哀歌  

高村光太郎詩 松本いず
朗読
 


 

 そんなにもあなたはレモンを待っていた
 かなしく白くあかるい死の床で
 わたしの手からとった一つのレモンを
 あなたのきれいな歯がガリリと噛んだ
 トパアズ色の香気が立つ
 その数滴の天のものなるレモンの汁は
 ぱっとあなたの意識を正常にした
 あなたの青く澄んだ目がかすかに笑う
 わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
 あなたの喉に嵐はあるが
 こういう命の瀬戸際に
 智恵子はもとの知恵子となり
 生涯の愛を一瞬にかたむけた
 それからひと時
 むかし山てんでしたような深呼吸を一つして
 あなたの機関はそれなり止まった
 写真の前に挿した桜の花かげに
 すずしく光るレモンを今日も置こう


 

高村 光太郎 (1883〜1956)
出典: 筑摩書房刊・伊藤信吉編
「鑑賞現代詩」