ジンギス汗異聞 
横川秀夫 自作詩朗読


 



 「テムジンよ、
 わがシャーマンの児よ
 みずからの意志をもって生まれいで生きんとする生命よ
 汝、生きるに運命なし
 山河を砂漠を大草原を母となし 星々を月を太陽を父となす児テムジンよ
 己が内より湧き出ずる命に従いて生きよ」

 テムジンはその声を
 その母の胎内の羊水の中で聞いた
 
 七日七晩
 横なぐりの雨と霙と雹と雪と耳をつん裂き目を射る雷の爆裂が
 大地をゆるがし大気を裂き凄まじい大嵐がモンゴルの全土を覆った
 
 八日目の払暁
 重っ苦しい重層の黒雲はかきっ消え
 狂暴な嵐は去った
 
 陽が出で澄み渡った大気の下
 大草原の中の合議のための広場に集まった
 邑々の群の長老たちは口々に話しあった
 
 その未曾有の大嵐の風や雷の轟音や
 雨、霙、雹、雪やのうなりや草や樹木のざわめきや
 あるいは,雲の動きや雷光の閃きや大気の中にすら
 「テムジン」 という
 不思議な名前を聞きとりまた感じとっていた、 と。
 
 一人の長老が叫んだ、

 見よ!
 昨夜までのかってなかった狂暴な大嵐の直後じゃのに
 この大草原の樹木と草々の生き生きとした輝きとその直立を
 そしてまた此の裸の土のかくもしっとりとしたその潤いを
 ぬかるみ一つとてないではないか
 吉祥じゃあ、テムジンの名においての大いなる吉祥じゃあ

 その夜
 天は無限に深く大気は硬質ガラスの真の透明
 降り注ぐ星々と月の光の充満の中で
 エスガイの長の大きなパオの奥の間深く
 一人の雄の嬰児がその元気にして凛とした産声をあげた
 
 幼くして
 その父を毒殺された夜
 戦慄と得体の知れない獰猛な憤怒がテムジンの身を貫いたとき

 「己が内より湧き出ずる
 命に従いて生きよ」

 母の胎内で聞いたことばが
 何処からともなくやさしく静かにテムジンを包み
 その時テムジンは自分自身にたちかえった
 
 その不思議なことばに導かれ
 テムジンはモンゴルを平定し金、西夏、中央アジア、サマルカンド、ペルシャ
 そしてロシアに及ぶ一大帝国を築いた
 
 1227年
 時にテムジン・ジンギス汗65歳
 征途・六盤山において
 その天命を識る
 
 星々の光は降るが如く月はまた煌々として
 その生誕の夜に似ていた
 テムジンは陣幕を出で丘の上の几帳に坐し
 側近のあらくれにして切れ者の武将を集め静かに口をひらいた

 「まこと汝らに告ぐ
 余、まさに己れ自身に還らんと欲す
 我に入滅あらざり
 汝ら、己れ自身に立ち還り
 願わくば己れ自身の身に帰することのみを我は欲す」

 気高く獰猛な武将の数々
 涙ひとつなく厳粛に静かに
 なべてこれを理解し受容した
 
 明けて翌日
 陽がその渡る天のそのまさにド真ん中の時点
 テムジン・ジンギス汗
 静かに息を引き取る

 遺体は母なる大地の地下数万丈
 墓標とてなくその上を
 星々と月と太陽とが経巡り続ける

 

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